和菓子の事
「正月」
正月は、歳神様をまつる儀式です。
正月後には、田の神に変身し、稲に宿って豊作を招くそうです。
秋になって稲を刈り、そのワラでしめ縄をつくり、その米で餅を作ります。
しめ縄や餅に御年皇大神が宿り、幸運をもたらすそうです。
正月のもちは本来は丸形で、神社の御神鏡を表現し、そこに御年皇大神がやどり、それを食べることにより、身も心も清められ御年皇大神の力を頂くのだそうです。
御年皇大神の宿った締め縄、門松、正月飾りなどは、集めて焼きますが、その煙に乗って御年皇大神は水田へと帰っていくそうです。
「ひし餅」
桃色は魔除け、白は清浄、緑は健康を表すと言われています。
地域によっては4段や5段にするところもあるそうです。
また、形にも菱の実だけを食べて長生きした中国の仙人の伝説や、龍の怒りを鎮めるいけにえの代わり・・・などという説があります。
「柏餅」
柏の葉は、新芽が育つまでは古い葉が落ちないことから、「子孫繁栄(家計が途切れない)」という縁起を担いだものとされています。
つぶ餡、こし餡、味噌餡を主に包んでいます。地域によっては、柏の葉ではなく、サンキライという葉を使うところもあります。これは、西日本で多く使われているようです。
山本屋の柏餅には両方の葉がありますが、主にサンキライを使っています。
「粽」
ちまきの由来は、王の側近であった詩人を供養するためと言われています。
陰謀により国を追われ、詩人はついに河に身を投げてしまいます。
命日の5月5日になると、その死を嘆いた人々は、米を詰めた竹筒を河に投じ霊に捧げましたが、河に住む竜に食べられてしまうので、竜が嫌う葉で米を包み、五色の糸で縛ったものを流すようになりました。
旧暦5月5日の端午節にはちまきを食べる習慣が残っています。
日本へは奈良時代には伝わっていたそうで、平安時代では宮中行事として、端午の節句にちまきが用いられていたそうです。
ちまきと呼ばれるようになったのは、茅(ちがや)の葉が使われたことによるそうです。
「月見」
月を鑑賞する慣習は、中国から伝わりました。
旧暦の8月15日を十五夜、旧暦の9月13日を十三夜と言います。
十五夜は「中秋の名月」とも言います。
ススキを飾り、枝豆、里芋、栗などを盛り、御酒を添えて月を眺めます。
もともとはこのころに収穫した里芋を供えることから、団子を里芋に見立てて供えていたそうです。
また、十五夜と十三夜がセットになっていて、片方の月見しかしないのは「片月見」といって、遠い昔の時代では嫌われていたそうです。
「片月見」は日本独特のものです。